私は私に、会いにゆく。
肌寒い季節が終わるころ、私は一人の男性に出会った。
穏やかなその紳士は、穏やかな微笑をたたえながら、私にこう言った。
「あなたを待っている人がいる」と。
もちろん私には、心当たりはない。
それでも彼は、会いに行くように勧めた。
穏やかながら、力強く。
それで私は、その場所へと出かけていった。
微かな期待をもって。
「何の期待?」
それは自分でもわからない。
でも、何かが起こることだけは、知っていた。
その場所には誰もいなかった。
いくら待っても、誰も来なかった。
期待が不安に変わり、そして失望に変わる頃、彼は現れた。
…
それは私だった。
まぎれもなく私だった。
いや、どこからどう見ても、私ではない。
何ひとつ似てやしない。
整った顔立ち、スラリとした四肢、優雅なストライド。
どこからどう見ても、私ではない。
しかし彼は、まぎれもなく私だった。
「やあ、おまたせ」
当たり前のように彼は言った。
呆気に取られて何も言えない。
屈託なく彼は、「じゃ、行こうか」と促した。
(どこへ?)
言葉は出ない。促されるままに歩き出した。
歩きながら彼は、いろんなことを話してくれた。
家のこと、今ハマっていること、こないだ買ったゲームのこと。
他愛もないことをいかにも楽しげに、さも嬉しそうに。
頷くしかなかった。
ほとんど耳には入ってこなかった。
ようやく聞けた。
「あなたは誰?そして一体どこへ行こうというの?」
彼はいたずらっぽく笑った。
「もちろん知っているよね」
うん、知っていた。
彼が誰で、どこへ行くのかも。
それは自分で決めたことだった。
風化して消えかけていた記憶の断片が、ポツポツと蘇る。
…
かつて彼と私は、ひとつだった。
たくさん遊び、たくさん笑い、そしてたくさん泣いた。
私たちは感情豊かだった。
笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣いた。
疲れを知らず遊び、そして気の済むまで眠った。
豊かさと自由が、そこにあった。
何をしてもよかったし、何をしなくてもよかった。
心の底まで全てを忘れ、そしてただ、今この時を楽しんだ。
私たちは最高の遊びを思いついた。
それは「苦難」だった。
自分をいじめ抜こうと、闇へ落ちようと。
「空腹は最大の調味料」という。
最大限味わうには、最大限腹を空かせるべし。
私たちはこの思い付きにゾクゾクした。
最大限腹を空かせてやる、そして限界ギリギリでご馳走に食らいついてやる。
私たちは意気込んだ。
そして、闇へと落ちていった。
…
全てを忘れて、闇に没頭した。
文字通り、全てを忘れて。
これが遊び? 冗談じゃない。俺は真剣なんだ!
生きるために必死なんだ。遊んでいるヒマなんかない。何をバカなことを言っているんだ。
真っ逆さまに落ちていった。
キレイに180°逆を突き進んだ。
突き進んで突き進んで、突き進めるところまで突き進んだ。
もうダメ、限界というところまで来た。
いや、あるいはもう限界は超えていたかもしれない。
そこまで自分を追い込んだ。
これは真剣な遊びだ。
命を懸けた真剣な遊びだ。
限界ギリギリまで攻めるんだ。
…
私は私に会いにゆく。
その時が来たようだ。
限界ギリギリの空腹を抱え、ついにご馳走にかぶりつく時が来たようだ。
私は私に約束した。
必ずや限界ギリギリの空腹で帰ってくると。
誰よりも限界ギリギリまで攻めてみせると。
身も心もボロボロになり、もはやこれが遊びであるということすら忘れるくらいまで、自分を追い込んだ。
約束は十二分に果たした。
私は私に満足し、そしてこれから起こることにワクワクを抑えきれなかった。
私たちは顔を見合わせると、少し足を速めた。
コメント
更新ありがとうございます!
結構ぎりぎりです、いま。