宇宙の一部としての自覚

我々が望んでいることって実は単純で、「やりたいことをやりたい時にやりたいようにやりたい」ということではないでしょうか。

いろいろな願望があるかもしれませんが、それらを一言で表現すると、結局のところそういうことになりはしませんか?

やりたいことをやりたい時にやりたいようにできたら、とても満足です。

ということは、結局のところ私たちが考えなきゃいけないのは、やりたいことをやりたい時にやりたいようにやるにはどうしたらいいか、というその一点に尽きます。

他のことには脇目も振らず、そのことだけに集中していればよいわけです。

 

とても単純ですね。

そして実際、簡単にできることも沢山あります。

ラーメンが食べたい時に、ラーメンを食べるくらいなら、割と簡単にできます。

海に行きたい時に、時間を作って海に行くことは、割と簡単にできます。

逆に、総理大臣になって国を動かしたいとか、100mを9秒で走りたいとかは、かなりハードルが高いです。

一口に「やりたいこと」といっても、簡単なことから不可能に近いことまで、かなり幅広くあります。

 

で、我々が最も注目すべきは、その中間です。

できそうでできない、あるいはできるかどうかギリギリのライン、というヤツです。

そこをやるかどうかが、拡大成長していくか、停滞縮小するかの境目です。

 

 

我々をひとつの「面積」として見てみましょう。

するとそのギリギリのラインは、面積の境界線に当たります。

そこをこなして前に進むことによって、面積は拡がっていきます。

つまり、拡大成長していくわけです。

面積の内側の簡単にできることをやっていても、いつまでたっても面積は拡大しません。

拡大のカギは、境界線上にあります。

できるかできないかギリギリのラインを超えることによってのみ、面積は拡がります。

 

つまりはそういうことです。

ギリギリのラインを開拓し、消化吸収し、どんどん取り込むことによって、面積はどんどん拡大します。

それは、かつては難しかったことが、今は当たり前に行えるようになる、ということです。

どんどん難しいことが叶っていく(叶えていく)わけです。

 

面積はどんどん拡大し、かつては夢にも思わなかった願望にも手が届きます。

そうやって拡大し、成長し、より大きな願望を叶え、さらに大きくなっていきます。

そのために具体的には何をやっているのかというと、境界線の消化です。

つまり、できるかできないかギリギリのラインにチャレンジし続ける、ということです。

 

 

こんなふうに言葉にしてみると、やるべきことが明確になりますね。

あなたにはあなたのギリギリラインがあるはずです。

あまりそれを見ないように、平穏に暮らそうとしていたかもしれませんが、そうは問屋が卸しません。

なぜなら人は拡大成長するようにできているからです。

宇宙がそもそも、拡大成長するようにできているからです。

 

宇宙がビッグバンで始まったという話はご存じかと思いますが、物理の法則に従うなら、拡大の勢いはどんどん衰えていくはずです。

ドーンと爆発しても、破片はいつまでも飛び続けません。いつか停止します。

勢いは必ず衰えます。それが我々の知っている物理の法則です。

 

ところがです。

宇宙の膨張速度は逆に加速しているというではありませんか!

2011年のノーベル物理学賞――宇宙膨張は加速している - 教養学部報 - 教養学部報

「空に放り投げたボールが地上に落ちて来ず、するすると上空に登っていってしまう」

と上の文章でも表現されていますが、それが宇宙の本質です。

宇宙がそうであるならば、宇宙の一部たる我々もまたそうであることは言を俟たない。

放っておくと、するすると登っていってしまうのです。

上昇を志向してしまうのです、勝手に。

もともとそういうふうにできているのです。

それが宇宙の本質だから、仕方がない。

 

 

つまり、やっていいのです。

チャレンジしていいのです。境界線の拡大を。願望の実現を。

それが自然な姿であり、健全な人間本来の姿です。

遠慮はいらんのです。宇宙がそう言っているのだから。

貪欲に境界線を拡大しましょう。

 

あなたも本当はそうしたかったはず。

フタしてもしきれない、宇宙の根源としての自覚がどこかで疼いていたはず。

 

宇宙は加速度を持って拡大しています。

それが事実です。

それに置いて行かれることなど、できはしません。

なぜなら私たちも、宇宙の一部だから。

 

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