不安が消えるしくみ

人は常に、何かをしようとします。

せずには居られないのです。

常に何かをしていないと、不安です。

常に何かをしています。

 

「何もしない」ということが、できますでしょうか。

何もしないで居られますか?

 

不安でとてもできそうにないですか?

そもそも何もしないことは間違っているとお思いですか?

人は常に何かをして、頑張って、前に進まないといけないとお考えでしょうか。

 

 

何もしなくたって、別に死にはしません。

必要最低限のことさえしていれば、別に死にはしません。

それでも人は、なんやかんやと、余計なことをせっせとしたがります。

 

「何かしてなくちゃいけない」

ほとんどそれは、強迫観念です。

人の心に植えつけられた、当たり前の前提です。

 

でも本当は、そんなことはありません。

ただそう思い込んでいるだけで、本当はそんなことはありません。

 

 

「何もしない」がこれほど忌避されるのは、不安だからです。

人はほとんど、不安を避けるために、何かをします。

不安がなかったら、これほどまでに何かをするでしょうか。

 

仮に我々から不安を完全に取り除いたら、どうなるでしょう?

 

 

まず、不安だからやっていたことは、全て止みますね。

不安がなくなったら、不安を解消するためにやっていたことは、全て止みます。

 

そしてそのまま、何もしないのでしょうか。

死ぬまでずっと、何もしないままでしょうか。

 

それはちょっと考えられません。

自由にやりたいことをやるはずです。

不安という重石が取れたら、のびのびと自由にやりたいことが発露するはずです。

不安がなければ、自由に選びたい方を選ぶはずです。

やりたければやるし、やりたくなければやらないでしょう。

 

ちょっと想像してみてください。

自分に不安がなかったらどうか。

嬉しさと安心感がこみ上げてくるのではないですか?

「不安がない」というだけで勝手に、嬉しさと喜びがこみ上げてきませんか?

 

不安という重石を取り除いたら、喜びが勝手に泉のように湧き出してきます。

そして喜びと共に行為が、自発的に湧き上がります。

喜びの表現として、行為が湧き上がります。

「勝手に」です。

 

ただ1つの要素。

不安を取り除くという、ただ1つの要素だけで、あとは勝手に物事は展開します。

 

どうですか?

不安を取り除いてみたいと思いませんか?

 

 

不安は幻想です。

あなたも「知識として」は、それを知っているかもしれません。

「知識としては知っているけど、現に不安を感じている」

そんなところでしょうか。

 

では一緒に見てみましょう、その不安とやらがどこにあるかを。

 

それは妄想の中にありますね。

あなたの頭の中の、妄想や想像です。

そこ以外にはありません。

 

目の前には、不安を呼び覚ます物事や出来事があるかもしれませんが、それ自体が不安ではありません。

事実として、それはどこにも無いですね。

実際それは「現物」としてどこにも存在しないですね。

 

そもそも「頭の中」って何?

どこにあるのそれ?

それもそもそも、妄想ですね。

 

 

事実はあまりにもあっけなく、単純です。

 

事実は、あるものがあるままに、ただあるだけです。

その中に、不安なるものは一切見当たりません。

というか、何もありません。

 

妄想ではなく、事実をただひたすら見ていけば、「なんにも無い」に行き当たります。

実際なんにもないじゃん。

何があるの?

それって本当にありますか?

本当にあるって言えるものが、現に実際にあなたが観察した中に発見できましたか?

 

本当にそれはありますか?

何をもって「ある」って言っていますか?

それは考えや解釈ではないですか?

現にないものを考えによって「ある」ということにしていませんか?

 

「見る」ってどういうことだろうと「考え」ずに、ただ見てみたらどうでしょう。

考えでも期待でも予想でもなく、ただ見てみたらどうでしょう、ありのままを。

 

無意識の固定観念が、自覚の無いまま邪魔をしているのかもしれません。

あるいは「わかろう」としているのかもしれません。

 

それはわかるものではなく、理解するものでもなく、ただ見たまんまそのままです。

 

例えば目の前にあるコップを見て、「なんでこういう色なんだろう」とか「ここにこういう模様をあしらった意味はなんだろう」と考える。

そして、「なるほどね、こういう用途に使うからこういう色で、ここに模様を入れるのはデザイン的にそういう意味があったのか」と理解する。

それは完全にコップを見逃しています。

その理解は完全に妄想です。

コップを全然見ていません。

 

コップはただ単にそれとして、そのように、そこにあるだけです。

それをただそのまんま、受け取るだけです。

メッチャ簡単です。

考えが一瞬でも顔を覗かせることはありません。

 

それが、そのように、ある。

それだけ。

そのシンプルさ。

世界の最初源のシンプルさ。

そこに立ち返りましょう。

現代の我々は、難しいのが普通になっています。

だから逆に、簡単さが難しくなっています。

 

今デフォルトになっちゃっている難しさを解きほぐし、シンプルさに沈潜していきましょう。

その時不安は消えます。

そんなもの初めからありませんでした。

 

そして本来の自分に帰りましょう。

初源の自分、もともとの自分。

喜びの溢れ出す泉。

 

「そんなの夢だよ」ではなく、現実です。

むしろメッチャ現実です。

 

幻を本当だと思い、本当を夢だと思う。

その逆転現象を正常化しましょう。

正常化は正常に見ることによって達成できます。

喜びも嬉しさも正常なことです。

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