人々は探求を続けます。
いったいどうなってるんだ、いったいどうしたらいいんだ、と。
答えを探します。
その時の自分の状態に着目してみてください。
探求している時の自分。
「不安」ですね。
「どうしたらいいんだ」となっている時の自分の状態は、不安です。
その不安な自分を見てみてください。
それが今のあなたの状態です。
…
「今の自分の状態」
これを見てください。いつも、常に。
今自分がどうであるかに意識的になってください。
「何をやっているか」ではありません。
「今どういう状態であるか」です。
答えを探すことに意識を持っていくのではなく、答えを探している時の自分の状態に、意識を持っていくのです。
そこで見えるのも。
たとえば今なら「不安」ですね。
それがあなたが実際に手にしているものです。
あなたは答えを求めて「不安」を手にしているのです。
わかりますか?
あなたは答えを手にしているのではなく、不安を手にしているのです。
欲しいものは探すのではありません。
欲しいものがある場合、「探す」という手段によっては、手に入らないのです。
それは事実を観察すればわかることです。
つまり、探求はやめましょう、ということです。
探求によって手に入るのは、「探求」です。
そのまんまです。
あなたは探求を手に入れたいわけではないでしょう?
だったら探求をやめましょう。
あなたが実際にやっていること。
それがあなたが実際に手に入れているものです。
探求をすれば探求が手に入る。
不安になれば不安が手に入る。
喜べば喜びが手に入る。
楽しめば楽しみが手に入る。
あなたは何が欲しいのですか?
それを直接手に入れればいいのです。
手に入れるという行為は、あなたが思っているよりも、ダイレクトです。
瞬間で手に入ります。
それを手に入れるために、長年修行して、努力を重ねて、という、回りくどい方法はいらないのです。
それは手にした瞬間に、手に入ります。
ただ、そのことを理解するのに、時間がかかるだけです。(笑)
我々はただ、その原理を知らなかっただけです。
あなたも「やる」前にぜひ、「見て」みてください。
その原理を、あなたも実際に自分の目で確認してみてください。
…
あなたは今、何を手にしていますか。
そして、なぜそれを手にしているのですか?
それをあなたが手にしたから、手にしているのでしょう?
あなたがそれを選択したから、それが今そこにあるのでしょう?
「いや、自分で選んだ覚えはない。勝手にやってきた」
と、こう思いますね、普通は。
その考えも今、あなたが手にしたから、そこにあるのでしょう?
またある人は、こう思うかもしれません。
「なるほど確かに、自分の選んだことがそのまんま、ここにある」と。
その考えも今、その人が手にしたから、そこにあります。
…
物事は外からやってくるもの。
普通はそう思われています。
不安も、幸せも、答えも、外からやってくると。
事実は逆です。
自分の選んだものが反映されているのが、外の世界です。
「答えが欲しい」という思いが、探求という現象を生みます。
不安な思いによって、不安な現象を見ます。
楽しい思いによって、楽しい現象を見ます。
現象自体に意味はありません。
あなたの選択したものがただ、そこにあるだけです。
とにかく「選ぶ」んです。
今手にしているものがイヤなら、別なものを選び直せばいいんです。
とにかく、あなたが選んだものが、あなたが実際に手にしているものです。
それはもう、事実を見たらその通りでしかありません。
選べばいいんです、選べば。
楽しいことがいいなら、楽しいを選べばいいのです。直に、ダイレクトに。
楽しいことをするために、まずは修行して、どんな時もポジティブでいられる体質を作って等、まどろっこしいことはしなくていいのです。
ただやればいいのです。直に。ストレートに。楽しいを選べばいいのです。それだけです。以上、終わりです。
簡単すぎるし、当たり前すぎるでしょう?
今あなたが手にしているものは、あなたが選んだから、そこにあるのです。
意識的にだろうと無意識的にだろうと、あなたが選んだから、そこにあるのです。
じゃあ意識的に選びましょうよ。
やりたいようにやりましょうよ。
あなたは選べるんです。選んでいいんです。
選んで、クリエイトするということがつまり、生きるということです。
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