物事から意味を剥ぎ取ってみましょう。
全てはただ「それ」でしかなくなります。
我々は、本来ただ「それ」というものに意味づけして、その意味の中で生きています。
意味に完全に縛られてしまっています。
単純に、なんでもないものに意味づけしてしまっている事実を思い出し、単純にそこから降りてみましょう。
意味を見るのをやめるのです。
そして、ただ「何でもない」の中にいます。
気がつくとまた、意味にまみれているでしょうが、思い出すたびまた意味を外し、ただ何でもないに戻りましょう。
ただ「何でもない」にいましょう。
それしかないです。
意味にもう、さんざんやられているなら、もう意味から降りるしかないです。
意味の中にいて、意味をどうこうしようというやり方は、うまくいきませんでした。
意味はコントロールできないのです。
意味はコントロールするものではなく、ただ勝手にやってくるものです。
そのことは皆さん、もう重々承知だと思います。
…
意味を降りましょう。
そして、その世界を探索してみましょう。
何の寄る辺もない、何の引っかかりもない、ふわふわした感じかもしれません。
「意味」という引っかかりが無いと、宇宙空間に投げ出されたような、なんとも不安定な感じがするかもしれません。
でも、「意味」を捨てるなら、そっちの世界にいくしかありません。
そっちの世界がどんなものか、しばらく居てみましょう。
これはもう、ただ居てみるしかありません。
別に死ぬわけじゃないし、ただ居て、その世界がどんなものか、よく確認してみましょう。
実際に居てみるしかありません。実際に。
実際に意味を外し、「無意味」に居てみましょう。
なるべく長い間。
その世界に馴染むまで。
そのためには、自分が今どっちの世界にいるか、注意を怠らないことです。
今、意味にまみれているのか、それとも「無意味」にいるのか。
…
これは基本的に、いつでもどこでもできることです。
思いつくたびいつでも、なるべくたくさん、やりましょう。
そして無意味の世界に馴染みましょう。
意味の世界でうまくいかないなら、もう意味を取り外すしかありません。
そしたら、その世界がどんなものかを、実際に確認してみるしかありません。
なるべく長時間その世界にいて、その世界をよく知ってみてください。
実際に、自分の感覚で。
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