失くしてしまおう

失くしてしまおう。

大事なものも、いらないものも、何もかも。

全てを失くして、全ても失っても、どうしても失えないものが、そこにある。

決して失うことができないものが、そこある。

 

だから安心だ。

最終的には、安心だ。

本当に大事なものは、失くせない。

本当に大事なものは、どうやっても失くせない。

だから安心だ。

 

その安心の中で、安心して失くそう。

失くすことは、気持ちがいい。

爽快だ。

何もない。

これ以上の自由があるだろうか。

 

何もない。

無限の自由、無限の安心。

持っているから、不自由になる。

持っているから、失う不安も生まれる。

全てを失くそう。

 

 

そもそも我々は、何も持ってはいない。

持っている「気がしている」だけだ。

持っているという「感じ」を持っているだけだ。

真に所有しているものなど、何もない。

所有は全て、幻想だ。

 

なんだ、幻想か。

全部幻だったのか。

あせって損した。(笑)

右往左往して、何やってたんだろ。

 

そりゃ掴んでも掴んでも掴みきれないわけだ。

幻だもの。

どんなに握り締めても、ちっとも握れなかった。

どんなにきつく抱き締めても、空を切るようだった。

 

目が覚めればそこには、何も無い。

幻が消え去るとそこには、「何も無い」があった。

「何も無い」は掴めないし、握れない。

抱き締めることもできない。

 

その必要はない。

掴んだり握ったりする必要はない。

自分自身がそれであるんだから、掴んだり握ったりする必要はない。

どんな力みも、どんな頑張りも必要ない。

ただ無限の、楽。

 

「なんだよ~、最初からゆってよ~」

もともとOKだったんだ。

ドッキリのプラカードを出されたような、そんな気分。

「なんだ、ドッキリかよ…」

ホッと一息。

 

 

あまりにも幻想はリアルです。

あまりにも迫真に満ちています。

うっかり騙されます。

簡単にドッキリにハマります。

 

じゃあどうやってその幻想を見破るのか。

それは「よく見て」ください。

 

よく見ないと、騙されます。

表面をさらっと眺めるだけだと、見えません。

それが一体何であるかを、とことんよく調べてみてください。

 

普通はそこまでの根気とモチベーションは、なかなか持てません。

さらっと眺めて、「あーはいはい、アレね」と、勝手な合点をしてしまいます。

それで大した問題がないからですね。

 

だから、それで「大した問題」になる場合に、初めて根気とモチベーションが生まれます。

幻想に深く傷つけられた、どうしようもないどん底に突き落とされた、もうどうしていいかわからない。

そんな時に初めて、幻想に対峙する決意が生まれます。

もちろん、そういう経験がなくても、単純に真実を知りたいというモチベーションに動かされる場合もあるでしょう。

 

何はともあれ、幻想としっかりと向き合い、正直に真実を見据えることによって、それは見えます。

 

「なんだそういうことか」

ホッと一息。

 

幻想の中でさらに幻想で対抗するのではなく、そこから降りてください。

そこから抜け出てください。

「止める」のです。

幻想との格闘を、止めるのです。

ピタッ。

 

シーン…。

 

静寂ですね。

何もありませんね。

無、ですね。

 

それです。

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