不自由ですね、あまりにも。
自分を抑えて抑えて抑えてる。
あれをしてはイカン、これをしてはイカン。イカンイカンイカン。
抑え込まれた個性があまりにも多い。
子どもは自由ですね。子どもは自由。
伸び伸びと遊んで、自由に喋って、すぐ寝る。
自慢もするし、誰よりも勝ちたがるし、遠慮なくものを言う。
ありのまま、そのまま、何も気にしてない。
自由であることを忘れた我々大人は、自由に振る舞うことは、悪いことだと思っている。
だから子どもに注意するなどという僭越至極を平気で行う。
子どもに注意するなんて、神に注意するのと同じこと。
身の程知らずで逆に滑稽。(笑)
大人は、他人を思いやり、自分を抑え、自分のことよりも周りを優先しなければいけないと思っている。
傍若無人な人に腹を立て、もっと周りの事を考えろと注意する。
自由が真実です。
放っておいたらそうなることが、真実です。
わざわざ抑え込まなければいけないなんて、何か間違った感覚がありませんか?
傍若無人に振る舞うことを恐れていますね。
それは「自分勝手」と「自由」を間違えているからです。
「傍若無人」と「自由」は、似ているようで、違います。
「自分勝手」と「自由」は、似ているようで、違います。
自分勝手は恐れて然るべきでしょう。
それは誰のためにもなりません。
しかし、自由を恐れてはいけません。
なぜなら自由は本質だから。
自由を恐れることは、本質から遠ざかることであり、自らを不自由にすることです。
自分勝手と自由の違いを正しく理解すること。
これはとても重要なことです。
…
自分勝手。
これは皆が嫌うことです。
そして自由。
これは皆があこがれることです。
これは同じことを肯定的に捉えるか、それとも否定的に捉えるかの違いでしょうか?
この両者は、同じことを別な言い方で言っているに過ぎないのでしょうか。
それは違います。
この両者は全くの別物です。
端的に言うならば、自分勝手は個を優先する行為で、自由は個を顧みない行為です。
この両者は、全く逆のことです。
だからそれに対する反応も、「嫌悪感」と「あこがれ」というふうに、真逆になるのです。
自分勝手は個を全てに優先させることであり、自由は個よりも真理を優先させることです。
…
真理を追求していくと、真理に蒙昧な人たちからの抵抗に遭うでしょう。
それはしょうがない。キリストだって磔になりました。
でもキリストは、命よりも真理を選びました。
普通なら個の命を選びます。
普通の感覚なら、そんな意味のわからない理由で命を捨てたりしません。
キリストは頭がおかしかったのでしょうか?
いいえ、違います。
キリストは誰よりもクリアで明晰でした。
彼には完全に見えていたのです。
真理は個に優先することが。
それは、木の枝と幹、どっちが大事かという質問に似ています。
枝は切られても死にませんが、幹が切られたら死にます。
言うまでもなく、枝が個で、幹が真理です。
彼は幹の視点から物事が見える人でした。
彼にとってどっちが大事かなんて、聞くまでもないことでした。
普通の感覚だと逆ですね。
個の命は地球よりも重いなんて言われますから。
でも、もっと普通に考えたらおかしいでしょ、それ。
幹よりも枝が大事って、普通に考えたらおかしいでしょ。
普通がいかに普通じゃないかということです。
…
つまりそういうことです。
普通じゃないことが普通の世の中。
それはつまり、オカシイ世の中ということです。
オカシイ世の中で正しいことをしようとしたら、それはそっちのほうがオカシイとなりますね。
あなたがこの世の中で自由に振舞えないのは、そういうことです。
「オカシイ」って言われちゃうから。
あなたの中では確かに真理であっても、世の中的にそれはオカシイのです。
だから混乱します。
自由って傍若無人なの? 自由って自分勝手なの? と。
そうではありませんね。
本当は自由と自分勝手は180°真逆のことです。
つまり、世間に合わせなくていい、ということです。
世間なんて、その程度なのです。
聞く耳もつのが、バカらしいほどです。
世間のバカらしさを知りましょう。
ついうっかり飲み込まれますよね、すごい肩書のあるお偉方が、したり顔で何か言うと。
「ああそうなのね」とついうっかり首肯してしまいますね。
でもあなたは、世間なんて気にせず、真理にだけ忠実でいればいいのです。
世間があなたとマッチすることもあるでしょう。
盛り立ててくれることもあるでしょう。
それでもあなたは気にする必要はないのです。
真理さえ見ていれば。
それが個を優先する身勝手な行動か、真理を表現する自由な行動かについては、賢明なあなたはもう知っているはずです。
あとあなたにとって必要なのは、世間に惑わされないことです。
もちろん、無理に世間に抗う必要はありません。
「無理」はおかしなことだと、前にも言いましたね。
ここで言いたいのは、世間はあなたが思っているほど大したものではないということ。
どうぞ気にすることなく、自らの道を進んでください。
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