幸せへの3ステップ

今日はひとつ、みなさんに朗報をお知らせしましょう。

それは、幸せは「ある」ということです。

幸せは「ない」のではありません、「ある」のです。しかも意外なほど身近に。

 

これは朗報ではないですか?

「ない」とあきらめる必要もなく、どこか遠くまで苦労して探しに行く必要もありません。

幸せはすでに、ここにあります。

 

成功や、素敵な恋人や、楽しい出来事なら、どこにあるかは知りません。

それらがどこにあるかは、知りません。

だから、それらの在り処をみなさんにお伝えすることは、できません。

 

でも幸せなら、ここにあります。

それについてなら、知っています。

だから、みなさんにお伝えします。

それの在り処を。

 

今回は3ステップでそこへと到達しましょう。

まずはシャンパンを三本ご用意ください。(笑)

ステップ1:幸せとは「気分」である

幸せとは、モノや形ではありません。

言ってみればそれは「気分」です。

「気分がいい」「幸せな気持ち」

それこそが、「幸せ」ですね。

 

では、気分はどこにありますか?

あそこでしょうか、それともそっちでしょうか。

 

それは、あそこでもそっちでもなく、「ここ」ですね。

つまり、「私」の中にこそ気分が存在しますね。

だから幸せは、「ここにある」のです。

 

幸せとは気分である。

そして、気分は私の中に存在する。

だから、幸せは私の中に存在する。

 

見事な三段論法です。(笑)

 

気分は確かに、「私」に存在します。

イヤな気分も、悲しい気分も、嬉しい気分も、楽しい気分も、全部全部、私の中に存在します。

全部全部、すでに持っています。

 

そして、いつもイヤな気分でいるということは、いつもイヤな気分だけが舞台に上がっているということですね。

それは逆に言うと、いつも幸せな気分が舞台に上がっていれば、いつも幸せだということです。

 

まずは、この仕組みを理解しましょう。

幸せはある、と。

幸せは常にここにある、と。

ただ表舞台に登場していないだけの話で、幸せはいつもいつでもここにあると。

あなたは知りましたね? 確かに知りましたね?

 

今までは、幸せって一体どこにあるのか、あるいは本当にあるのかと、漠然とモヤモヤと、何も捉えられない状態でした。

それが今は、幸せは確かにここにあると、確信しています。

 

これは進歩です。

大いなる進歩です。

まずはこの進歩を祝いましょう。

シャンパンを一本開けましょう。(笑)

大いに喜び、この幸せを噛みしめましょう。

 

ひとしきり喜びを噛みしめたら、さて次の段階にいきましょう。

ステップ2:内なる舞台を見つめる

次の段階。

それはすなわち、「どうやって常に幸せ君を舞台に上げておくか」ですね。

それについては、あなたがどうやっていつもイヤイヤ君を舞台に上げているのかを参考にしましょう。

 

いつもイヤな気分である。たいていはイヤな気分である。

それはすなわち、いつもたいていイヤイヤ君が舞台に上がっているということですね。

 

きっとあなたは、無意識なことでしょう。

「私」の中で、誰が舞台に上がっているかなんて、見ていないと思います。

そして、イヤな上司やイヤな彼氏、イヤな結果やイヤな状況という「外」のものを見ていると思います。

そういった外のものを見ていると、「私」の中で勝手に、イヤイヤ君が舞台に上がっていたと、そういう仕組みですね。

 

この場合、まずすべきことは何でしょうか。

それは、「外を見ずに内を見る」ということですね。

外の状況は、まあいろいろあるでしょう。

 

しかしそれらはいったん置いておいて、いま一体内において、誰が舞台に上がっているのか。

これを見ましょう。

これがまず、第一歩目です。

 

今までまるっきり見ていなかった、内なる舞台。

そこに着目し、しっかりと確認する。

いま一体誰が舞台に上がっているのかと。

いま一体自分は何を感じているのかと。

これがまず、記念すべき第一歩目です。

 

これって素晴らしい進歩だと思いませんか?

今までウヤムヤであった幸せへの道のりが、ついにここまできました。

 

オイオイ、マジかと。

今の今まで、幸せって一体どこにあるんだとため息をついていた私が、ものの数分でここまで来た。

これを祝わずに何を祝うというのでしょう。

二本目のシャンパンを開けましょう。(笑)

この進歩を、大いに祝いましょう。

 

ひとしきり祝ったなら、さて次の段階にいきましょう。

ステップ3:宇宙のシナリオを目撃せよ

さて、いま誰が舞台に上がっているのかを確認しました。

うん、いまこの子が上がっているなと確認しました。

では次にやるべきことは何でしょうか。

 

それは、その舞台を常に見続ける、ということです。

常に目をそらさずに見続けるということです。

 

外を見ているから、それにふさわしい演者が、内に登場していた。

今までの経験を言うと、そういうことですね。

では、外を見ずにずっと内を見ていたら、どうなるでしょうか。

 

…想像するに、何も登場しませんね。

 

外を見るから、それにふさわしい演者が、内に登場していました。

この仕組みでいくと、外を全く見ないで内だけを見ていれば、どんな演者も登場しないはずです。

 

しかし、誰も登場しない舞台なんてありません。

舞台は誰かしらが演じるから、舞台です。

では、外を見ない時、一体どんな演者が登場するのでしょうか。

 

それをぜひ、あなた自身の目で確認してほしいわけです。

 

外を見ないで、内を見続けていたら、その舞台は一体どういう展開になるのか。

とても興味をそそられませんか?

 

今まで「私」なるものは、外によって規定されてきました。

外がこれこれこういう状況だから、私はこうである、と。

それをやめて、内だけを見るのです。

 

それはつまり、宇宙が演じる演目を観る、ということです。

内から自発的に演じられる演目を観る、ということです。

それって一体どんなものか、ワクワクしませんか?

 

誰も決めない演目。

宇宙から送られてくるシナリオ。

もはや幸せだとか忘れて、ただただ眺めているわけです、宇宙の演じる演目を。

 

全てを忘れて、ただ見ている。

ただただ見ている。

 

もはや幸せかどうかも考えていない。

三本目のシャンパンのことも忘れてしまった。

ただただ忘我の境地で、ただただ宇宙の展開を眺めている。

 

ひょっとしたらそれのことを、「幸せ」というのかもしれません。(笑)

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