「分離はない」をどのように受け取るか

非二元のメッセージにおいて、よく「分離はない」と言われますが、これは分離が当たり前の状況に対する方便として言っているのであって、実際は「分離はないし、『分離はない』もない」です。

「分離はない」と言われると、「そっか~、分離はないのか~」と、分離はないという「解釈」を「適用」しようとしてしまいます。

「私とあなたはひとつなんだね」と、意味もわからず、その「解釈」を「適用」してしまいます。

 

それは解釈でもないし、適用でもありません。

解釈以前のものです。

 

あなたも実際に見てみてください。

人の言うことを鵜呑みにするのではなく、自分の目で事実を見てみてください。

 

人の言っていることやメッセージは「ガイド」に過ぎません。

旅行ガイドです。

旅行ガイドを見て行った気になるのではなく、実際に行きましょう。

 

ガイドをさんざん調べ尽くして、現地の人より詳しくなることは、実際にそこに行ってそこを体験することとは全く別です。

 

真実は教わることはできません。

それは教わるものではないからです。

それはあなたが直接見るものです。

 

じゃあ直接見るってどうやるの? となりますが、それは「事実は何か、本当のことは何か」と真実を追及する姿勢を貫くことです。

人に頼っていては見えません。

それは人が見るものではなく、あなたが見るものだからです。

 

そしてそれは、今すぐに、どこにいてもできることです。

「分離はない」→「へ~そうなのか~」ではなく、実際に自分の目で確かめてください。

本当に分離はないって、あなたは心の底からそう思っていますか?

それはあなたの心の底から湧き出た言葉ですか?

 

旅行ガイドの知識は、別になくてもいいものです。

ただ「現地」に行けばいいのです。

ガイドも何もなくても行けます。

ガイドがあろうとなかろうと、ただそこに行けばいいんです。

 

むしろ、ガイドに惑わされるのをやめたほうがスムーズかもしれません。

ガイドがあろうとなかろうと、結局行くしかないんですから。

結局自分の目で見るしかないんですから。

 

あなたが自分の目で見たとき、その時初めて、あなた自身の言葉として、真実の言葉が溢れ出てくるでしょう。

その時初めて、「分離はない」という言葉の意味もわかるでしょう。

 

「分離はない」とは、それを聞いたからといって分離がない世界に行けるわけではなく、分離がない世界を見て初めて出てくる言葉です。

順序が逆なのです。

 

メッセージや言葉に惑わされることなく、直接あなたの目で真実を追求しましょう。

あなたが自分の目で確かめたときに初めて、それらのメッセージが伝えていた本当の意味が、腑に落ちるでしょう。

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