苦しみは思考から生まれます。
試しに思考を止めてみると、苦しみはピタリと止みます。
思考を止める。
これはある意味では、とても簡単なことです。
苦しい修行も、大金も必要なく、ただ「思考を止める」だけですから。
何の器具も訓練もいりません。
と同時に、とても難しいことでもあります。
なぜなら、思考はほとんど無意識に湧き上がるからです。
止めようと思っても、いつの間にか考えています。
次から次へと湧いてきます。
もお「どおにも止まらない」ってやつです。
誰にでも、今すぐできる簡単さでありながら、どおにも難しい。
なかなかうまくできています。(笑)
いかにこれを攻略するか。
今回はそんなことを考えてみましょう。
…
まず、ただ単に、今、思考を止めてみる。
これはわりと簡単にできます。
今この瞬間、何も考えない。
それは、わりと簡単にできます。
しかし、次の瞬間にはもう、「こんなことに意味があるのか」とか「だから何?」という思考が浮かびます。
さすがです。(笑)
さすがは長年思考にまみれて生きてきただけあって、すばらしい反射神経を見せます。
「次の瞬間」にはもう、思考が浮かびますから。
相当なもんです。
…
やり始めてまず頭をよぎるのが、無思考に居続けることに対する不安です。
「果たしてこんなことで私の人生うまくいくのかしら!?」と、もううまくいく、いかないに、頭が持っていかれています。
まず必要なのは、無思考に対する信頼です。
こんな場合はまず他の記事を読んで、無思考の何たるかを良く理解してから先に進むと良いでしょう。
…
大事なことは、何はともあれ試してみることです。
無思考が何をもたらすのか。
実際にやってみるのです。
数日、数週間、数ヶ月。
長い人生の中で、大した時間じゃありません。
それで、ものすごい効果があるのなら、シメたもんです。
何も無かったとしても、大した問題じゃありません。
とても簡単なこと。
いつでもどこでも誰でもできる、とても簡単なことに、ほんのいくらかの時間を、実際につぎ込んでみる。
そんな心積もりで、やってみましょう。
…
やることは、常に思考を見張る、ということだけです。
思考に無意識であることをやめ、常に意識している、ということです。
そして、思考が湧き上がってきたのを確認できたら、ただやめるだけです。
ただやめる、ただやめる、ただやめる。
本当にもう、それだけです。
ただひたすら、やめてみましょう。
「こんなことに何の意味があるのか」という強力な抵抗も、まあ浮かび上がるでしょう。
それでもただひたすら、やめ続けてみましょう。
さあ、何が現れるでしょうか…。
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