トータルになる

トータルになりましょう。

「全体」ということです。

全体が局所化して、具体的な何かとなります。

全体から、全てが始まります。

その「全体」にいる、ということです。

 

全体にいる時、全てを把握しています。

「全体」ですから。

「部分」にいるとき、全体は把握できません。

わかる範囲しか、わかりません。

それだと、判断を間違います。

全体から見ないと、正しい判断はできません。

 

どうやって全体にいるのかというと、ただ全体にいればいいのです。

「どうやって」はありません。ただ「する」のです。

基本、このブログに書いてあることは、ただ「する」だけです。

どうやってとかありません。

そういう、物質的三次元的ハウツーみたいな内容は書いてません。

 

「そうである」ということを書いています。

そうであるということは、そうであるということです。

「どうやって」という次元の発想ではありません。

「どうやって」という次元の発想をしていたら、その次元止まりです。

「どうやって」という発想をしているかぎり、いつまでたっても「どうやって」の世界の住人です。

いつまでもいつまでも、「どうやって?」「どうやって?」と問い続けることになります。

そうしていたいですか?

 

そこを卒業したかったら、今すぐできます。

今すぐそう「する」のです。

そう「した」瞬間に、そうなります。

するかしないか、ただそれだけです。

 

わからない?

わかる、わからないでもありません。

わかるとかわからないとか、そんなことはどうでもいいのです。そんなものはありません。

「する」か「しない」か。

それだけです。

 

 

トータルになる。

はい、今なりました。

するとまず、落ち着きますね。

わからない部分がないので、落ち着きます。

全てが自分の手足のように感じます。

把握できてない部分はひとつもない。落ち着きます。

 

そして、やることは何もありませんね。

ただ、何かが起こった時に、反応します。

穴が開いたら埋め、出っ張りができたら引っ込める。

バランスを取ります。

すべてを円満に、まとめます。

 

それは反応として、起こります。

考えなくても、わかります。

勝手に反応し、勝手にベストな対応をします。

 

これがうっかり、トータルからズレると、局所的な知見からの対応になり、あーでもないこーでもないと、右往左往することになります。

そして対応も、的を得ません。

何をするか、どういうテクニックを駆使するか、どんな知識を持っているか、そういうことは関係ありません。

「どこにいるか」です。

局所にいるのか、トータルにいるのかです。

 

自分の居場所だけ、チェックしてください。

今どこにいるのか。

そして、ズレていたなら、戻ってください。

トータルに。中心に。

 

チェック→戻る、チェック→戻る、チェック→戻る、です。

そのうち、トータルが自分本来の場所として定着してくるでしょう。

 

トータルにいることが、最終地点です。

そこに居さえすれば、いいのです。

あとは自然と上手くいきます。

 

ぜひ、やってみてください。

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