いや〜、毎日騒がしいですね、世間が。
あれがどうした、これがどうしたと。
世間を騒がすニュースや問題。
それらって結局全部いっしょで、つまり「こうでなきゃいけない」と「こうでなきゃいけない」の衝突です。
国のレベルから個人のレベルまで、全部そうです。
「こうでなきゃいけない」という動作原理で動いている限り、衝突や問題は避けられません。
「こうでなきゃいけない」はすでに、問題を孕んでいるのです。
じゃあ問題のない、スムーズな動作原理は何かっていったら、「そうしたい」です。
「そうしたい」によって動くと、問題は無くなります。
「そうしたい」と「そうしたい」はぶつからないのです。
ただそうすればいいだけなので。
そうできないとき?
それはただそうできないだけです。
問題なんてどこにもありません。
「そうしたい」は、そうしたいからそうする。
そうできないなら、そうできない。
ただそれだけ。
シンプルです。
そこに「こうであるべき」が持ち込まれることによって、波乱が生じます。
そうしたいによって動いていても、そこに「こうであるべき」が持ち込まれると、そこに一波乱が生じます。
「君はそうしたいというが、こうすべきなんじゃないのかね?」とか「できないっておかしいでしょう、絶対そうすべきだ」とか。
「こうすべき」を受け入れる時、その人は「こうすべき人間」になります。
「こうすべき」を受け入れることによって、「こうすべき人間」はどんどん増殖します。
あれはダメこれはダメ、それはオカシイだろう。
不平と文句とダメ出しのオンパレードです。
別に何がどうだっていいんですよ、真実は。
全てはエネルギーです。
何でもいいしどうでもいいものに、負のエネルギーを注ぎまくっているだけなのです、実際は。
それはその人が選択していること。
自分は負のエネルギーで行くと。
そして、負のエネルギーに触れた人が、そのエネルギーに感化され、さらに増殖します。
負のエネルギー場の中で正のエネルギーを選択するのは、かなりエネルギーが要ります。
だからまずはフラットに戻ってください。
何でもいいしどうでもいいという真実に。
それは今この場で、すぐに戻れます。
「あ、そうだったね」と、単純に思い出すだけです。
そして改めて、あなた自身の選択を選択してください。
自分は「どうしたいのか」と。
どうしたいによって、行動してください。
どうであるべきに感化されてしまったら、一度フラットに戻って、改めて「どうしたいか」を選択してください。
「どうしたい」で動く時、そこに問題はありません。
渦に巻き込まれたなら、一度その渦を抜け出して、俯瞰してください。
そして改めて、自分自身の選択を選択してください。
ものごとは全部、「そうじゃなくてもいい」ということを思い出す。
何この気楽さ?(笑)
気楽から物事は芽吹き、自由に伸び伸びと成長します。
必要なのは、気楽という土壌作り。ただそれだけです。
あとは勝手に成長し、勝手に実がなります。
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