目に見える現象に力学が働いているのと同様に、心の動きにも力学が働いています。
物理次元に現れる前の心のパートをうまく操作すれば、必然的にそれに続く物理次元もうまくいきます。
そして、物理次元に働いている力学と、心の次元に働いている力学は、結局のところ一緒です。
「こうなったから、そうなる」という理屈は、どちらも一緒です。
ですから、物理次元の知識を、そのまま心の次元にも応用できます。
さて一般的に私たちは、望む結果を得るために、どのような作戦を立て、どのように行動するでしょうか。
「入りたい学校がある」となった場合には、そこに向けて勉強し、受験し、合格するという手順を踏みます。
「付き合いたい人がいる」となった場合には、そこに向けてアプローチし、デートのコースを設定し、じゃあ付き合おっかという手順を踏みます。
「そこに向けてそのように行動したから、そのような結果が手に入る」という、身もフタもないそのまんまの理屈が、そこにはあります。
ではこれを心の次元に置き換えるとどうなるでしょうか。
心というものは物理次元のように、目に見える具体的なものではないので、捉えるには少しコツがいります。
つまり、手に入る結果というものが、「〇〇学校」や「〇〇さん」のような具体的かつ実体的なものではありません。
そうではなく、「そのような気持ち」あるいは「そのような感覚」です。
爽やかな気持ちになりたいと思ったからコカコーラを手に入れた、みたいなことではなく、爽やかな気持ちになりたいと思ったら爽やかな風が吹いてきた、みたいなことです。
目に見える形としては全然違いますけど、手に入った内容は似ている、あるいは全然違うけどむしろこっちがよかった、というようなものです。
ですから、目に見えるものを見ていたら見逃します。
「全然違うじゃん」ということになります。
しかし違わないのです。
よくみたら違わないのです。
人はみな、自分が設定した通りのものを手にしています。
なぜなら物理次元と同じ力学が、心にも働いているからです。
その力学とはどのようなものかというと、物理次元の例で説明したように、「そうしたからそうなった」というものです。
これは物理次元の場合だと、「そうする」とはつまり「そのように行動する」ということになりますが、心は行動しませんので、心の場合だと「そのような感覚になる」ということです。
そのような感覚になると、そのような感覚にふさわしい現象が物理次元にやってくる、ということです。
それは、自分の想像していたような形ではないかもしれませんが、「感覚」という意味においては、違いはありません。
「爽やかな気持ち」を設定したら、コカコーラが来るものだとばかり思っていたけど、風が吹いてきた、みたいなことです。
それは目に見える形としては、全然まったく違うので、容易に見逃してしまうけど、「内容」においては同じです。
「望まない現実が起こる」と言う人がいますが、そのように言う人の心の中をのぞいてみましょう。
どうでしょう、そのような人の心の中にうずまいているのは「不平」と「不満」ですね。
ですからそのような感覚を証明する現象が、現実に起きます。
そのまんまです。
物理次元の力学と同じように、そのまんまです。
「そのように行動したから、そうなった」という物理次元の力学は、心においては「そのような感覚であったから、そのような現象が起こった」となります。
これは、万有引力の法則と同じように、全員に等しく働くものなので、誰もその支配から逃れることはできません。
この力学は逃れるより、利用するしかないのです。
ではなぜあまりにも多くの人がこの力学を無視するのかというと、それは目に見えないものだから、気づかないのです。
どうしてもやはり、目に見える具体的な事項に気を取られてしまいます。
目に見える具体的な事項を何とかしようと、目に見える具体的な行動を取ってしまい、そしてそれに終始してしまいます。
これは、普通にしていたら当たり前にそうなることです。
だから、「普通じゃない」人々がこの力学を存在を知り、それをいろいろな形で他の人々に伝えています。
宗教然り、成功哲学然りですね。
実際その内容は、とても簡単なものです。
「心の内容が、その内容に相応しい現象を形作る」というものです。
なぜそうなるのかというと、物理というのは「均す」方向に動くからです。
「バランスを取ろうとする」ということですね。
熱い空気と冷たい空気が隣り合わせにいたら、混ざってぬるい空気になります。
平均化するのです。
ですから、そのような心の状態の人がそこにいたら、それに相応しい状況がまわりに無いと「おかしい」のです。
それは熱い空気と冷たい空気が隣り合わせのまま混ざり合わないのと同じくらい、おかしいのです。
物理は必ず、均す方向に動きます。
ですから、そのような心には、そのような心に相応しい状況が、必ずまわりに構築されます。
豊かになりたいと思ったら、まず心の中で豊かになるのです。
そのためには、「豊かってどんな気持ちなんだろう、どんな感覚なんだろう」と知らなければなりません。
豊かでない人はその感覚を知りません。
ですから永遠に豊かになれません。
じゃあどうするのかというと、それを知るための行動をします。
買ってみる、行ってみる、体験してみる、など。
そしてその感覚を味わいます。
「あー、これかー!」と。
そしてその感覚を、心にセットします。
豊かな心を研究し、豊かな心になることによって、それに相応しい状況がまわりに構築されます。
自分がどうなりたいのかを知り、それってどういう感覚なのだろうと、「感覚」をこそ研究実践することです。
そこに力学が作用し、それに相応しい状況が構築されます。
そして、
大事なことは、その「感覚」が手に入ったなら、物理的な証拠はもういらないのです、ぶっちゃけ。
なぜなら本来欲しいのは「感覚」だから。
物理的な証拠が手に入らないと「おかしいなぁ」とか「何か間違っているのかなぁ」と思ってしまいがちです。
するとその「おかしいなぁ」とか「何かが間違っている」にふさわしい現実がやってくるという、不思議なパラドックスに陥ります。(笑)
ですから、
ただひたすら心に集中していればいいのです。
そして、「あれ、気づいたらいつの間にか現実が変わってた」くらいの感覚でいいのです。
心にも物理と同じような力学が働いています。
その力学を利用すると、驚くほど人生がうまくいくでしょう。
コメント
すばらしい
助けられてます。
ありがとうございます。