人生の大きな分岐点は、いま目の前にある

具体的に「何をするか」よりも、「どういう存在状態であるか」が大事です。

存在状態にふさわしい出来事が起こります。

物事は「する」というよりも、「起こる」のです。

個人が個人的な考えでするあれやこれやというのは、実に些細なことです。

「起こる」ことに比べたら。

 

地震やウイルスみたいなことは、起こります。

それは個人の力ではどうしようもないくらい、圧倒的です。

それくらいの力量の差です。

小賢しい考えでコチョコチョやっていることは、ほとんど無意味です。

 

じゃあ物事は「起こす」のかといったら、そうではありません。

「起こる」のです。

何か念力みたいなことで都合のよい出来事を起こすのではなく、勝手に起こるのです、出来事は。

 

物事はバランスしようとします。均衡をとるのです、勝手に。

宇宙はある方向への力学が働いています。

 

物質は安定しようとします、勝手に。

足りない電子をどっかから引っぱってこようとします。

動物や植物は生きようとします、勝手に。

抜いても抜いても雑草は生えてきます。のどが乾いたら水を飲みます。

 

勝手にそうなるように、そもそも宇宙が出来ているのです。

そんな宇宙の運行を、個人の力で変えることができるでしょうか?

 

宇宙の運行に乗るのです、つまり。

普通に考えて、それがベストな方策だと思いませんか?

宇宙の「そうあろうとする流れ」。

それに乗るのです。

というか、すでに乗っています。

心臓は動かしているのではなく、勝手に動いています。

我々は生きているのではなく、勝手に生かされています。

個人的な努力で頑張って、何とか日々の生活をやりくりしてるからこそ生活できていると思っているかもしれませんが、個人的な努力のおかげで生きているのではなく、放っておいても生きるのです、勝手に。

 

いえむしろ、放っておけば放っておくほど、もっとうまく生きるのです。

放置ではなく、リラックスです。

活力は勝手に湧き上がります。

休みたい時は休み、動きたいときは動きます。

自然に体は動きます。

「~したい」という衝動は、常にどこからともなくやってきています。

あとはただそれに乗るだけです。

 

ただそれに乗れない理由は、「怖い」と思ってしまうからでしょう。

「そんなことしたら大変なことになる」とか「そんなことはやってはいけない」という謎のストップ要素が働くから、うまく流れに乗れないでいます。

 

それはそれでOKです。

バンジーが怖いからといって、後ろから背中をドンと押すまねはしたくありませんね。

それはそれでいいのです。

でも、「できること」があるはずです、必ず。

いきなり会社を辞めるとかダンナと別れるとか、そんな大きなことをしなくても、行きたかった場所にいってみるとか、吉野家でたまごを1個追加してみるとか、できることは必ずあるはずです。

バンジーはできなくても、30cmくらいの高さから飛び降りることはできるはずです。

 

「本当はそうしたい」という、些細な衝動を逃さず、着実に叶えることによって、「本当はそうしたかった人生」の流れに、着実に乗っていきます。

「こんなことやっても意味がない」と、些細な願いすら叶えないから、物事はちっとも前に進まないのです。

そんな些細なところが、実は本当のスタートです。

今できる、目の前のそれ、それです。

今それを始めるか始めないかが、大きな分岐点の始まりです。

 

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