どこへ行こうとしているのか

人はどうしてどこかへ行きたくなるのでしょうか。

ここではないどこかへ。

 

人はあこがれる。

きらびやかな世界に、素敵な出会いに、面白い出来事に。

そして、それを手に入れようと出かけていく。

ここではないどこかへ。

 

どこへも行かないなんて不安だ。

どこかへ行って、何かを手に入れないと、不安だ。

つねにもがいてないと、溺れてしまう。

そう思っている。

 

 

「そう思っている」

だからそうなっている。

 

「そう思っている」

それがあなたが手に入れていること。

 

あなたが手に入れるものは、外に取りに行くものではない。

内に発生するもの。

 

外の状況は全部、あなたが内に発生させているものの反映。

それは取りに行くものではなく、取りに行った結果。

 

外には何も取りに行くことはできない。

得るものは全て、内から湧き出るもの。

 

欲しいものは外に取りに行くのではなく、内に発生させるもの。

 

どこへも行かないなんて不安だ。

どこかへ行って、何かを手に入れないと、不安だ。

 

そう思っているとしたら、それがあなたが手に入れているもの。

そっくりそのまま、それがそう。

 

 

「でも思うことをコントロールなんてできないよ」

「不安だと思うのは、勝手にそう思ってしまって、コントロールできない」

 

いや、コントロールしなくていいいのです。

むしろ、コントロールを外すのです。

 

あなたはあなたの中から出てくるものを、ただ見つめるのです。

外を見るのではありません。

内を見るのです。

自分の中から何が出てくるかを、ただ見守るのです。

 

不安がでてきたなら、それでいいのです。

そこで目を外に転じて、何かをしようとするから、その不安が本当になってしまうのです。

その不安を相手にするから、その不安がリアリティを持つのです。

 

何もしなくていいのです。

湧き上がる思いを、ただ見守ればいいのです。

 

行動はあなたがすることではありません。

行動は「する」ものではなく、「起こる」ものです。

 

あなたがすることは、ただ見守ることです。

 

 

「思い」はコントロールできません。

それは湧き起こるものですから。

 

あなたがすべきことは、ただそれを認識することです。

認識し、認識し、認識し続けることです。

そして、どんな微弱な信号でもキャッチできるように、感度を磨くことです。

今、自分が何を思っているかに敏感になることです。

ただ、それだけです。

 

コントロールは不要です。

何かをどうにかしようなどとは、思わなくてもいいのです。

 

何かをどうにかしようと、なぜ思うのでしょうか。

それは「不安」だからですね。

その「不安」を見てください。

 

不安が不安なのは、それが把握されていないからです。

不安は見つけてもらえると、安心します。

「あ、自分は不安に思っていたのか」と思うと、安心します。

把握できるということは、安心なのです。

把握していないから、不安なのです。

 

ただ、自分の思いを把握するだけ。

自分から出てきたその子たちに、慈しみの視線を注ぎ、見守ること。

 

ハッキリ言って、それって完全に神秘ですよね。

自分からそういう思いが湧いて出るなんて。

 

謎、神秘、驚異。

それらは自分の中にこそ、存在します。

 

自分に驚いてください。

自分を発見してください。

それはすでに驚異であり、神秘です。

 

そして、自分の中から何が湧き出るか、楽しみに、ワクワクと見守ってください。

その時あなたはすでに、楽しいやワクワクを手に入れています。

 

見れば変化が起こるのです。

ただ「見る」だけです。

どうこうしようとしません。

ただ見るだけで、奇跡は起こるのです。

 

あなたもその目で目撃してください。

奇跡はあなたの中に、すでにあるのです。

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